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東京高等裁判所 昭和32年(く)58号 決定

少年 H(昭和一二・六・九生)

主文

本件抗告は之を棄却する。

理由

本抗告申立理由の要旨は、原審は、昭和三二年六月六日当時少年たりし本抗告申立人が昭和三一年一一月中○○○少年院を仮退院後住居地たる△△市内等を徘徊して保護者の正当なる監督にも服せず且つ無為徒食しているうち、昭和三二年三月二二日頃同市××町煙草販売店D方において煙草を買い求めるとき同家の人が店に出て来方がおそいとて手拳で同店舗の窓ガラス二枚を損壊し、同年五月二一日頃同市××町E方において同人所有の軽自動車一台を窃取した等の非行あることを理由として本抗告申立人を特別少年院に送致する旨の決定をした。然し、本申立人は従前少年院に送致されること四回の施設経験者であるのみならず、前記仮退院後右原決定の理由となつた二件の非行のほかにも、なお軽自動二輪車約七台、現金約十八万三千円、腕時計その他の金品の窃盗にして未発覚の非行があることは事実である。放に本申立人としては、むしろ右未発覚非行が発覚する前に、直ちに検察官送致の決定を受けて刑事処分に服する方が一身上にも利益であるのに、原決定は今回また少年院送致の保護処分に止めたのは却つて失当であるから、同送致決定の取消を求めるため本抗告に及ぶと謂うにある。そこで本件記録を精査し本抗告申立人の小学校時代よりの素行性格、生活態度および家庭状況ならびに原決定の理由となつた各非行の動機、態様、環境等を汎く綜合考慮すると今回更に本申立人を少年院に送致して、その性格を矯正し社会の共同生活に適応する素質に転換せしめるよう保護処分をなしたのは極めて妥当の処置であり、本申立より原決定の理由となつた非行以外にも未発覚の非行ありとの主張あることに基いて直ちに検察官送致をなすことこそ却つて全般的にみて不当と認められる。故に本件抗告はその理由がないから、少年法第三三条第一項により本件抗告は之を棄却することにして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

別紙(原審の保護処分決定)

主文および理由

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

一、非行事実

少年は、昭和三一年一一月二六日○○○少年院を仮退院して頭書住居地の自宅に帰宅し、翌昭和三二年一月鉄工所に勤め一時小康を得たかに見えたけれども、凡そ二〇日間ばかり通勤しただけで同年二月頃から再び屡々犯罪を繰り返す悪友と交際し、△△市内の盛り場等を徘徊して、保護者の正当な監督にも従わず、無為徒食していたものであるが、

第一、同年三月二二日午前零時頃△△市××町○○○番地煙草販売店D方において、煙草を買い求めた際起きて来るのが遅いと憤慨し酒の勢も手伝つて同人方店舗硝子戸の窓硝子二枚(金百円相当)を手拳で損壊し

第二、同年五月二一日午後八時頃△△市××町○○○番地染色業E方において、同人所有の軽自動車昌和クルーザー号五五年型静い四〇五四号(時価約金八万円相当)を窃取したものである。

附記

昭和三二年少第九六四号の犯罪事実は「少年は昭和三二年三月一〇日午後三時頃△△市×××町○○○○番地△△神社拝殿附近において、小学校二年生F外三名が遊んでいるのを空気銃で狙い打ちし、右Fの左頬部に全治約十日間を要する盲貫銃創を負わせたものである。というにあるが、当裁判所の調査及び審判の結果に徴するも、この事実を認定するに充分な心証が得られなかつた。

二、適条

一、非行事実第一につき刑法第二六一条

第二につき同法第二三五条

二、主文少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項少年院法第二条第四項

三、問題と要因

1、少年の閲歴

少年は、現住居地で出生し、幼時はさして問題なく生育したようであるが、昭和一九年四月△△市××小学校入学後、他人をよくいじめ、学業を怠り勝ちで各学年を通じて先生に迷惑をかけたらしい。二年生までは成績も普通であつたが三年から悪化してきたという。

昭和二一年頃、学校のずる休みが烈しくなつた。

昭和二三年頃、小学校在学中にも拘らず煙草を覚えた。

昭和二四年六月窃盗事件を起す。

八月二二日上記窃盗事件により当裁判所において教護院送致決定○○○学園に収容さる。

一二月○○○学園退園。

昭和二五年三月××小学校卒業。

四月△△市××中学校入学しかし、学校に在籍しているとはいうものの名前だけで殆んど学校にも行かずずる休み、家出等不良行為を重ねていた。

昭和二六年八月三日窃盗事件を起す(身柄付き)。

八月二二日静岡家庭裁判所において上記窃盗事件により初等少年院送致。○○△△学園に収容さる。

昭和二七年九月八日仮退院により帰宅。

九月二七日再び窃盗事件起す(身柄付き)。

一〇月二二日静岡家庭裁判所において上記窃盗事件により初等少年院送致。再び○○△△学園に収容さる。

昭和二八年一〇月五日上記少年院を集団逃走。

一〇月七日逃走の途上窃盗事件を起す。

一一月五日千葉家庭裁判所松戸支部において上記窃盗事件により中等少年院送致。○○少年院に収容さる。

昭和二九年一二月二二日仮退院、静岡市××町△△保護会○○○○に引き取られる。

昭和三〇年一月八日帰宅。

一月一〇日頃大工見習となり一ヶ月位勤めたが再び非行に陥る。

この頃かくせい剤使用の常習者となる。

四月二日横領事件を起す。

五月五日窃盗事件を起す。

五月一一日覚せい剤取締法違反事件を起す(身柄付き)。

六月八日当裁判所において、上記横領、窃盗及び覚せい剤取締法違反事件により中等少年院送致。○○○少年院に収容さる。

昭和三一年五月七日前記少年院逃走計画により○○○少年院に移送。

一一月二六日仮退院。以後本件非行に至る。

2、少年の性格及び生活態度

(1) 上記少年の経験からも窺われるように少年はいわゆる早発性非行少年であつて小学校卒業後は非行に非行を重ね今日までその殆んどを少年院生活に過ごして来た有様で、現在犯罪的傾向がかなり進んでいるものと認められる。

(2) 少年は極めて自己中心的で内省力に乏しく、心の拠り所を求めようとする気持などは微塵もなく、自己の要求の赴くまま衝動的に行動しているようである。施設生活の長いためか、他人に対して異常なひがみを持ち、情操の荒廃も可成り顕著であり粗暴で嘘言癖を有する。

(3) 少年は精神病質的人格と考えられる。

(4) 勤労の意欲は全然なくまともに仕事に就いた経験ももたない。

(5) 今回帰宅してからは甚しい家財の持出行為などはなく、嘗つてに比すれば家庭においてもかなり穏やかになつたとのことであるが、今回器物毀棄の非行の際に出所不明の腕時計二個と現金約三万円を所持していた事実があり、家庭では月二、三百円の小遣を貰つていたに過ぎないところから家庭外において未発覚の非行があることを推察させるものがある。なお、飲酒、喫煙はかなり烈しく、女買いもしている。

3、少年の家庭環境

(一) 少年の家系には母の従兄弟に精神病で死亡した者が一人であるだけで他に遺伝的負因を認めない。

(二) 家庭は父母円満であり、少年の更生には父母ともかなり意を用いている様子が認められるが、度重なる少年の非行と粗暴な少年の態度に怖れさえ抱き今回も家に子供を帰してもらつたら何んとか立ち直らせるというものの確固とした自信は持たない。なお、少年の家庭では非行のあるのは少年だけであり、兄Gも少年の更生に力を致してはいるが、希望は抱いていない。

結局、家庭の指導による非行からの回復は困難といわざるをえない。

(三) 家庭所在地は農村地帯であつて良好な地域環境にある。

上述した諸事情を勘案した上社会生活に適応させるため少年を再び施設における矯正教育に付するのを相当と思料し、主文のとおり決定する。(昭和三二年六月六日 静岡家庭裁判所浜松支部 裁判官 鈴木醇一)

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